始まりはこの日(2009年1月) -大動脈解離の記録①-

2009年 1月

その頃、私のお腹には末っ子がいて妊娠9か月になる頃でした。

1月のある日の夕食中のことです。
おしゃべりしていたら急に顔がカーッとしてきました。

なんだろう?

落ち着こうと思ってお漬物を一口食べたら突然頭の中でピキーン!という音がしました。

いつもの偏頭痛? ちょっと違う?

直後に視界がモヤモヤとおかしくなってきて徐々に背中が痛くなりました。

何?何?と思っているうちにどんどん痛みが増してきます。
胸が締め付けられ、とうとう息がしづらくなり動けなくなったところで、なんとか旦那に「救急車呼んで」と頼みました。

その時の旦那はたいしたことないと思っていたようで何度も何度も「ホンマに救急車呼ぶの?」と聞いてました。



救急車搬送中の車内の中ではしっかり意識があった

救急隊員さんにストレッチャーで運ばれる時も意識ははっきりありました。
ただただ背中が痛い、痛くて痛くて動けない状態でした。

妊娠中ということで、通院している総合病院へ運ばれることになりました。

救急車内で血圧やら心電図やら測定されていました。

血圧を測った直後から隊員さんが必死に私に呼びかけてきました。
その横で別の隊員さんが病院に電話をしていて「上が38」というのが聞こえました。

私、ヤバいんや・・・

「もうすぐ病院に着きますから、頑張って」

神様、仏様、ご先祖様、おじいちゃん、私を守って下さい

頭の中でずっと唱えてました。

診断は胸膜炎

病院に着き、看護師さんに引き渡されました。

すぐに血圧測定したら数値は分からなかったけれど看護師さんが「38って言ってたのに、違うやん」って呟いていました。

あとでネットで調べたら、多分心タンポナーデ(心臓の入った袋の中に出血し、心臓が動けなくなる状態)寸前だったんだと思います。

CTの撮影もしましたが、妊娠中だったからうまく撮れなかったんだと思います。
その時は肺が真っ白になっているということで「胸膜炎」という診断になりました。

細菌性の場合は抗生剤が効くけど、ウイルスの場合は対処療法しかないということで私の場合はウイルスだろうということで、対処療法での入院になりました。

入院中はただ痛みと戦うだけ

血液検査で、血栓の数値が異常に高くなり肺に飛ぶんじゃないかと心電図やらCTやら血液検査も何度もしましたがそれ以外は赤ちゃんが元気がどうかの検査を1日に2回ありました。

幸い、何日目かには血栓の数値が下がっていてその心配はなくなりましたが痛みはずっと続いてました。
寝返りもつらいほどの痛さ。

看護師さんも産婦人科の女医さんも「なんでかな?」って背中をさすってくれたりしましたがはっきりした原因は分からず。

10日間入院して、なんとか痛み止めが少し効くようになってきました。
食欲も出てきたところで退院。
退院後は、痛みが多少緩和される程度で家でもほとんど寝ていました。

この約1か月後に自然分娩で出産をするのです。

→ 思えば命がけの出産だった(2009年2月)-大動脈解離の記録②- へ







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