病名判明(2009年2月~4月)-大動脈解離の記録③-

2009年2月~4月

産後は上の二人に比べて体調があまり良くありませんでした。
体がしんどくて、ほとんど横になってました。

足の付け根あたりがずっと痛かったです。
血圧も高かったけれど、担当医は産後はよくあることだからということで特に降圧剤の処方などはありませんでした。

退院前の検診時に足の付け根がすごく痛いことを伝えたけれど、そのうち治まるでしょうということでした。
自分でも高齢出産の域に入るから仕方ないと思っていました。

退院~1か月検診までにあの強烈な痛みが2回起こる

出産後は予定通り1週間で退院しました。
久しぶりの新生児のお世話は予想以上に大変でした。

新生児のお世話が大変、というよりは体がだるくて胸のモヤモヤ感がずっと続いてました。

ある日、猛烈な腹痛が起こりました。
吐き気もし、痛くて動けません。

横になって必死に耐えてました。
その後、トイレに行ったら下痢だったのでそのせいかな?と思うことに。

胸のモヤモヤ感、腹痛と気になりながら上の子たちと新生児のお世話でヘトヘト。

あの痛みから数日経ったある日、また同じ腹痛が襲ってきました。
同じように吐き気と痛みが緩和したあとは下痢。

なんだか少し不安でした。

検診で症状を話してみたけど・・・

不安に思いながらも、旦那にも言わず検診で聞いたらいいかって思ってました。

そして、検診の日。

「凄くお腹が痛いのが2回ありました。」

『子宮の収縮はちゃんとしてるから、特に問題ないと思います。』

妊娠後期のこの日

から、血液検査は何度かしています。

炎症の数値(血栓の数値)が高かったのですが、産後2か月頃には問題ない範囲になってました。

『炎症の数値も問題ないので、検査はこれで終わりましょう。』

そう言われたのですが、ずっと胸のモヤモヤ感があり弱い背中痛もあると話してCT検査と下肢エコー検査をすることになりました。



検査結果、病名が判明した日

4月30日
造影剤を使ってCT検査と下肢エコーの検査をしました。

末っ子を連れて一人で検査に行ってました。
診察は別の日に予約していたのでこの日は検査だけの予定でした。

検査が終わり帰り支度をしているとCT技師さんが検査結果が出たので産婦人科の先生のところへ行って下さいと。

「結果は次の検診の時って言われてます。」

『もう結果出たんで今から行って下さい。』

診察室に入ると真剣な顔をした先生がいました。
その顔で大変なことだと・・察しました。

『下肢エコーは問題なかったんですけど、CTの方がね・・・大動脈が2重に見えてますよね、大動脈解離っていいます。背中の痛みはこれだと一致します。命に関わる病気なので、すぐに心臓の先生に診てもらいます。』

その後、また心電図とレントゲン、採血をし心臓血管外科へ。

3層になっている血管の内膜が裂けて血液が漏れて腹部と胸部に瘤ができているそうです。

解離性大動脈瘤

母子共に無事で良かったですね。

2週間後にもう一度CTを撮って、瘤が大きくなってるようであればそのまま入院、または緊急手術もあると思っておいて下さいと。

降圧剤を処方され、母乳はやめるようにということでした。
2週間後にご主人と来て下さいと言われ帰ってきました。

家に帰り、ネット検索して大変な病気になってしまったと実感。
怖いことしか書いてません。

不安で怖くて泣けてきます。
あの時、あのまま死んでいてもおかしくなかったんです。

無事に出産もして、今生きてるのがすごいことなのかも?

夜、産婦人科の先生が電話をくれました。
泣きそうになるのを堪えて「びっくりしました。」と答えるのに精一杯・・・。

『頑張って下さい』

はい、とは答えたもののどうしたらいいの?

助けて。

→ そして、匙を投げられた -大動脈解離の記録④- へ







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