セカンドオピニオン、そしてサードオピニオンへ -大動脈解離の記録⑤-

2009年5月某日

そして、匙を投げられた -大動脈解離の記録-

末っ子を出産したH総合病院の心臓血管外科で「うちでは手術はできない」と言われてからネットで病院を探しました。
思いつく限りの言葉を並べてその筋で有名な先生、病院を探しました。

いくつか候補の病院(先生)をピックアップしました。

まず、カテーテル治療で有名な先生がいる病院を選びました。
カテーテル治療は無理だと言われてましたが、もしかしたらという微かな希望を抱いてM病院へ行くことにし、H総合病院の心臓血管外科で紹介状を作成してもらいました。



微かな希望も打ち砕かれる セカンドオピニオン

仕事の休みを取って、旦那と一緒にM病院へ行きました。

カテーテル治療で業績のあるK先生の診察。

「よく二人とも無事でしたね。」

まず、この状態で本当に自然分娩をしたのか?と質問され驚かれました。
妊娠後期に大動脈解離を発症した場合、まず母体優先になるそうで、信じられないという様子でした。

CT画像など確認したあと静かに言いました。

「決して興奮なさらずに聞いて下さいね。」

こう前置きがあるということは、私にとっては良くないことですよね。

穏やかに優しく、けれども神妙な面持ちで病状の説明をしてくれました。

私のように心臓のすぐそばから解離している場合はやっぱりカテーテルでの治療は無理なこと。
心臓の側からずっと下まで解離しているので一度の手術では無理なこと。
まずは、一番膨らんでいる腹部の大動脈を人工血管に置き換えて、今年中には胸部もした方がいいこと。
その後に残ってる部分は様子を見ながらになるとのこと。

そして、この手術は危険を伴うこと。

手術で必ず治るなら喜んですぐにでも受けるけれど、後遺症が残る可能性はもちろん術中死もあり得る。

怖い・・・怖い

K先生「カテーテル治療で来院したと思うけど、人工血管置換手術の症例もたくさんありますので家族の方と相談して下さい。」

と言うことで、一応2週間後に予約を入れました。

H総合病院へ報告とサードオピニオン

後日、診察結果の報告にH総合病院へ行きました。

うちでは手術はできないと言った医師が足を組んで威張った口調で「そうでしょう、やっぱりカテーテル治療は無理でしょう」と。

不安のどん底にいる患者に手術はできない(できる腕がない)と言い放ったくせに偉そうな態度にちょっとムッとしたけれど、考えてみたらできると言われても断ってるわ!って心の中で呟いて気持ちの処理して次のサードオピニオンの紹介状を依頼しました。

サードオピニオンの病院、K病院に行ってからどうするか決めようと思う。

病気が発覚してから1人でいる時は泣いてばかり。
食欲もなく、誰にも会いたくなかったけれど、1人でいるのも怖くて、怖くてどうしようもなかった。

そんな状態から、この1週間で食欲も少し戻ってきた。
1日の中で気分の浮き沈みは激しいかれど、それでも少しずつ落ち着いてきた感じがします。

1月のあの時
始まりはこの日(2009年1月) -大動脈解離の記録-

助かったのはとても幸運な事。
そして、無事に末っ子を産んで今、こうして生きている。

きっと大丈夫、私は大丈夫。

→ サードオピニオン、K病院 -大動脈解離の記録⑥- へ







シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする