胸部大動脈置換手術 目覚め、入院8日目~-大動脈解離の記録⑭-

2010年に受けた胸部大動脈置換手術についてまとめました。
上行から弓部の人工血管への置換手術です。

手術前に、生体弁にすると決まってましたが、開胸してみたら自己弁温存でいけたというので嬉しかったですね。

弁を替えていたら、数年ごとに取り替えるみたいだから。




2010年11月7日 術後3日目(入院8日目)目覚める

フッと目覚めたら執刀医の先生がいました。

記憶は曖昧だけど、多分この瞬間が目覚めた最初だと思う。
術後3日目だと聞きました。

分かる?手術終りましたよ。手術したの覚えてる?
・・・・・・。


なんとか返事をしようとしたけれど、声が出ないから頷くことしかできませんでした。
手術前の説明で人工呼吸器を入れるからそのせいで声帯が傷ついて声がかすれたり出にくかったりすることがあると聞いていました。

声、出ませんか?

執刀医、なんだか少し焦ってるように感じて不安になる。

あーって言ってみて。
ぁーーーーーー・・・


なんとか必死に頑張って搾り出した。
これが精いっぱい。

大丈夫。だんだん出るようになってきますから。

先生もホッとしたように感じた。

次に、先生が人差し指を差し出してきて握ってみてと。
あまり力が入らないけど握り返したら「大丈夫ですね。」って。



記憶が曖昧で時間の感覚がない

でも、なんだか世界が上下にブレてる。

それを伝えたいけれど、しゃべれないから伝えられない・・・
ずっとこのままだったらどうしようってすごく不安。

怖いからずっと目を閉じてました。
眠るとまた目覚められないかもしれないと思って、眠るのも怖い。

まだ意識がはっきりしていないのか?いつのまにか眠っていたのか?
次に気が付いたら旦那がいた。
このへんの時間の感覚があやふやです。

頑張ったなー

第一声だったかな?

ICUでの面会は15分くらい。
子供は入室できません。

子供たちに会えたのは個室に移ってからでした。

今回は人工心肺を使って、私の心臓は止めて行いました。

12時間以上かかったそうです。
子供たちも退屈だったろうに、頑張っていい子にしてくれていたそうです。

当時は10歳、7歳、1歳の子供たち。
旦那が一人で頑張ってくれました。

私には母親はおらず、旦那の実家とも当時は疎遠でしたから。

2回目まで、なんとか終わりました。
あと、何回か?







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